1940年4月、テレビの実験放送で放送された『夕餉前』(脚本:伊馬鵜平)が、日本初のテレビドラマとされている。当時のスタジオは非常に狭く、俳優は照明から発せられる高熱に耐えなければならないなど、技術的制約が多い状況だった。同年10月には実験放送第2作『謡と代用品』が放送され、戦争のために実験放送が十数年中断した後、1952年にテレビドラマの実験放送が再開。
1953年にテレビの本放送が始まるが、当時は実用的な録画手段がなく、しばらくテレビドラマは生放送の形態であった。これはいわば、テレビ局のスタジオの一角で行なわれる小規模な芝居の劇場中継である。
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ビデオは、1956年にアメリカ合衆国で2インチVTRが開発され、2年後の1958年には、日本に初輸入され、国産のビデオも開発された。同年6月、大阪テレビ放送(OTV、現・朝日放送)の『ちんどん屋の天使』において、日本で初めてテレビドラマにビデオテープが使用された。そして同年10月、ラジオ東京テレビ(KRT、現・TBS)の『私は貝になりたい』(主演:フランキー堺)では、本格的にビデオ録画が実用化され、技術的な先駈けとなった。また、その年の芸術祭賞を受賞し、それまで「電気紙芝居」と酷評されたテレビドラマが初めて人を感動させたとして、テレビドラマ史上に残る名作と位置付けられている。